東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)49号・昭46年(行ケ)50号・昭46年(行ケ)55号 判決
一 前掲請求の原因のうち、原告らが実用新案権を有する登録実用新案について、被告らからなされた登録無効審判の各請求により各審決の成立にいたる手続、考案の要旨及び各審決の理由に関する事実はそれぞれ関係の当事者間に争いがない。
二 そして、原告らは、右各審決の理由中、右考案と引用例のものとが同一の技術であるとした判断の不当を審決の取消事由として主張するので、その当否について判断する。
1 本件考案は、その要旨によると、段ボール構成要素である「原紙1、2及び内心波状原紙3のあらゆる露出面、接着面を防水被膜5で包被」することを要件とし、成立に争いのない甲第二号証(本件考案の公報)によると、その明細書には、実施態様として「パラフイン、浸透性合成樹脂等の混合物で作つた防水剤溶液槽内、(?)前記成形せる本体波状原紙3の縦筋を鉛直となるように懸垂して浸漬させるか、または、枠に立てかけ熱風または赤外線を段ボール紙本体に当ててこれを加熱し、最外層平面原紙1、2及び波状原紙3のあらゆる露出面、接着面及び切断面にある過剰の防水剤を再溶解して各原紙の心部まで浸透させ、全面にわたつて防水被膜5を形成包被するとともに、過剰の防水剤を表面から取除く。」と記載されているから、これらの事実によれば、浸漬後の加熱段階において「過剰の防水剤を再溶解」するものである以上、浸漬後取出されて加熱する直前の段ボール紙には当然防水剤が固化して付着しているものであり、また、加熱処理により再溶解した過剰の防水剤を「各原紙の心部まで浸透させ」、同時に「過剰の防水剤を表面から取除く」ものである以上、段ボール紙の表面において、加熱中は再溶解した防水剤が液状で流動し、加熱終了後、取除かれず残留した溶解防水剤がそのまま冷却固化して被膜を形成するに至るものであると認められる。ただ、右明細書の記載は概括的であり、右甲号証によると、そのほか被膜形成のため必要な浸漬及び加熱時における各温度時間等の具体的条件、さらには原告ら主張のような低温処理については何ら記載されていないことが認められる。
2 一方、成立に争いのない甲第一号証(引用例)によると、引用例の発明は、「二つのライナ紙間に波状紙を介在させてなる段ボール紙を、製函しうるように打ち抜かれた形状とし、このように構成した段ボール紙をワツクス、樹脂等よりなる含浸剤に紙材料の全重量の少くとも二六%になる程度まで十分な時間浸漬することにより含浸し」てなる紙箱用板紙に関するものであることが認められるが、その含浸剤及びこれに浸漬させる板紙素材がそれぞれ本件考案における防水剤及び段ボール構成要素たる原紙に相当することは原告らの認めて争わないところであり、右甲号証によると、その明細書には、右発明に関連して次のように解される記載があることが認められる。
(ⅰ) この発明は板紙及びその製造方法、特に箱に組立てるための素材の形状に製造し、次に含浸を行なう段ボール紙に関するものであること(第一欄一五ないし一八行目)
(ⅱ) この発明に従うと、組立てられた素材はコーテイングとは区別される浸漬によつて浸みこまされ、その含浸物質の量は含浸された素材を続いて熱処理することによつて調整され、過度の含浸剤はその熱処理の間に取除かれること(同欄四〇ないし四六行目)、
(ⅲ) その基礎材は究極的には段ボール箱を作るために組立てられる段ボール紙からなる素材が好ましいこと(同欄五九ないし六二行目)、
(ⅳ) この発明によると、板紙、特に段ボール紙は、合成物を含浸させることにより、多くの物理的性質を改善させられること(第二欄一三ないし一六行目)、
(ⅴ) 多くの試験の中で最も良い結果は重量で約八〇の割合のワツクスと約二〇の割合の樹脂とを含有した合成物により得られたこと(同欄二五ないし二九行目)、
(ⅵ) その選定された比率のワツクスと樹脂とを一八〇ないし二五〇度F、好ましくは二一〇ないし二二〇度Fの温度で槽中において溶融して混合し、次に、段ボール板紙または他の繊維性物質を、適切な含浸をするため、少くとも一五秒ないし五分間この槽の中に完全に浸し、――含浸剤は含浸した素材の全重量の二六ないし三七%であるべきことが分つているので、――この液浸を、含浸剤が素材全重量の少くとも二六%になる程度まで、十分に長く続けること(同欄三〇ないし四三行目)、
(ⅶ) それから、この含浸した素材を槽から取り出し、その全重量の約三七%を超える含浸剤を取除くため、これを二五〇ないし三五〇度Fの温度を保持した加熱室に導入して縦(垂直)の姿勢で通過させるのが好ましいこと(同欄四四ないし四九行目)、
(ⅷ) その室の温度は循環熱風によつて保持され、その熱風は、過剰の含浸剤を素材から取除いて浸漬タンクに戻すため、素材に対して下降方向に吹き付けられること(同欄五一ないし五五行目)、
(ⅸ) 添付図面は重量で七〇ないし九五の割合の鉱ろうと五ないし三〇の割合の石油重合樹脂を含む合成物を二六ないし三七%含浸させるものを示していること(添付図面の説明)。
3 原告らは、引用例のものにおいては本件考案と異なり、素材の表面に防水剤の被膜が形成されないと主張するので、この点について考察する。
引用例に、原告ら主張のように、段ボール原紙のあらゆる露出面接着面を防水剤で包被することについて記載がないことは前出甲第一号証によつて明らかである。しかしながら、引用例の発明における前示のような浸漬処理方法を本件考案の前示のような実施態様と対照すると、前者によつても防水被膜による包被が行われることが判明する。すなわち、
まず、引用例のものにおいて、その含浸剤は、前示のように、本件考案におけるパラフイン、浸透性合成樹脂等の混合物よりなる防水剤と同一であるところ、段ボール素材を一八〇ないし二五〇F(約八二ないし一二一度Cに相当する。)の含浸剤を溶融した槽中に一五秒ないし五分間完全に浸漬し、含浸剤が素材全重量の少くとも二六%になるまで浸透させる浸漬処理方法は、温度及び時間の限定がある点を除き、本件考案のそれと全く同一である。したがつて、本件考案において浸漬後取出された段ボール紙に前示のように防水剤が固化して付着している以上、引用例のものにおいてもこれと同様の状態が生じるものということができる。原告らは、引用例のもののような高温処理によつては過度の防水剤が浸出して除去されると主張するが、一般に、鉱ろうの一種であるパラフインは四五ないし六五度Cを融点とし、石油重合樹脂は七〇ないし一四〇度Cを軟化点とし(以上の数値は岩波理化学辞典による。)、いずれも常温では固化している物質であるから、これらによつて組成される含浸剤の前記浸漬温度の溶融槽中に素材を浸漬した後取出せば、その表面には過剰の含浸剤が付着して温度が下がるときに固化するものと考えられる。
次に引用例において、溶融含浸剤槽から取出され、含浸剤を固着させている状態の段ボール紙素材からその全重量の二六ないし三七%を占める分を残し、三七%を超える分の含浸防水剤を取除いて含浸の程度を適正にするため、その素材を二五〇ないし三五〇度Fの温度に保持された加熱室に導入し、縦(垂直)の姿勢で加熱室を通過させる加熱処理の方法は、温度及び過剰量の限定がある点を除き、本件考案において概括的に示されている加熱処理とほぼ同一であり、過剰の防水剤を除去する目的においても一致している。したがつて、引用例のものにおいても、本件考案と同様、加熱中に再溶融した含浸剤は素材の表面を液状で流動し、その過剰分が取除かれ、加熱終了後残留した分がそのまま冷却固化して被膜を形成するものと推認するに難くなく、右認定は、成立に争いのない乙第三号証により認められるように、引用例に示された範囲内の処理条件により段ボール素材に浸漬及び乾燥(加熱)処理を施したところ、その条件次第で差異が現われるにしても、一般に、段ボールの素材たるライナ紙の表裏面、波状中芯の表面のほか、接着面及び切断面にも防水被膜が形成されるという試験結果が出たことによつて十分に裏付けられ、甲第八号証、第九号証の一、二、第一四号証の一、二、検甲第一ないし第三号証の各一ないし五をもつてしては、これを覆すに足りない。原告らは、引用例のものにおいては、防水被膜形成に必要とされる低温処理を欠き、また、防水剤の乾燥の温度が高すぎるため、防水被膜が形成されないと主張するが、段ボール紙の素材上に溶融含浸剤が流動している状態において加熱を終了しさえすれば、これに格別の低温処理を施すまでもなく、自然冷却によつて表面に被膜が形成されるのが通常であり、また、乾燥温度が高くても、浸漬温度の場合と同様、これが低下すれば、自然に含浸剤の固化が生じるものと考えられるから、原告らの主張は採用することができない。
4 以上のとおりであつて、AないしC各審決が、引用例に防水被膜に関する記載のないことを認めながら、その発明においても、本件考案と同一の含浸剤(防水剤)の処理が行われることを理由に、段ボール紙素材のすべての面が防水被膜で包被されるとして、両者を同一考案と判断したのは正当というべきであり、各審決に原告ら主張の違法があるということはできない。
三 よつて、本件AないしC各審決の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求をいずれも失当として棄却する。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
段ボール構成要素である最外層平面原紙1、2の間に同紙質の内心波状原紙3を介在した状態で互いに糊料4で接着し、かつ、これに防水剤を浸透させるとともに、原紙1、2及び内心波状原紙3のあらゆる露出面及び接着面を防水被膜5で包被した組立段ボール箱用材料